後悔半分、誇りが半分

子どもの頃から、年末年始になると、どこか憂鬱になる私がいます。

ニュースでは当たり前のように「家族で過ごす年末年始」が映し出されるけれど、

それが叶わなかった小さな頃の私が、今も心の中にいるからです。

あたたかくて、仲の良い家族に憧れていました。

だからこそ、「自分がつくる家族は、そうしなきゃいけない」「そうできなかったら意味がない」

そんなふうに必死になっていた時期もありました。

でも、思えば思うほど、うまくいかなくて。

今は正直、子どもたちには申し訳ない気持ちと、それでも自分が育ってきた家族よりは

少しは違うものを手渡せたのでは…という自負と、その両方の感情があります。

後悔が半分。がんばったという自信が半分。今の私は、そんな心の状態です。

この言葉に私が出会ったのは、心も体も限界だった頃でした。

毎週欠かさず読んでいたメルマガの心理カウンセラーさんが、「私、この言葉が好きなんです」と紹介してくれた言葉です。

たとえ暗闇のような毎日でも、先のことは考えなくていいから、目の前のことを、ただただやりませんか。

そんなふうに書いてあって、当時の私は、どれほど勇気をもらったかわかりません。

この言葉があったから、あの頃の私は、

「とりあえず、今日は我が子を笑わせる日にしよう」

「今日は、自分のために、ちゃんと美味しいご飯を作ろう」

そんな小さな選択を、一日一日、重ねることができました。

できたことは、ほんの些細なこと。

でも、それをやり続けることに意味があって、それが確かに、

未来…今の私の核へとつながってきたと私は思っています。

満足や納得、わかりやすい「正解」があるわけではないけれど、そこには、揺るがない覚悟があったと思っています。

私は、この言葉を腹を括ること!覚悟を持つこと!そう解釈しています。

だからこれからも、りんごの木を、淡々と植えていける自分を日々つくっていこうと思います。

最後に2025年の名言シリーズは、これでラストになります😌

途中からはブログのような形になりましたが、それも読んでくださったり、

メッセージを送ってくださったり、ご自身のSNSでシェアしてくださったり…。

本当に、ありがとうございました。

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